世に溢れる様々な作品について、考えたり研究したりして感想等を書く、記者多人数制ブログです。

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レビュー:クビツリハイスクール~戯言遣いの弟子~
〆ユチヨ

「紫木一姫(ゆかりきいちひめ)って生徒を学園から救い出すのが、今回のあたしのお仕事」
「救い出すって……まるで学園がその娘を拘禁してるみたいな言い方ですね」
人類最強の請負人、哀川潤から舞い込んだ奇妙な依頼に従って私立澄百合(すみゆり)学園、またの名を《首吊高校(クビツリハイスクール)》に潜入した「ぼく」こと“戯言遣い・いーちゃん”は恐るべき殺戮の嵐に巻き込まれる――。
新青春エンタの真打ち、〈戯言シリーズ〉。維新を読まずに何を読む! (出版社の紹介文より)
クビツリ
はい、戯言シリーズの第3弾クビツリハイスクールを読みました。
何かこの本、ウチの大学以外ではあまり大きく取り上げられてないみたいで探すのが大変なんですが……。まぁ愚痴ってもしょうがない。
2巻に当たるクビシメロマンチストが見つからなかったんで堪えられず本巻を買ってしまいました。

肝心の内容ですが、今回はアクション味の強い作品になってました。前回のレビューを読んでない人のために説明すると推理小説です、殺人事件の。でもこの作品は推理を楽しむよりその過程の会話や人間関係に注目した方が面白いと思われます。作者もアトガキで「今回の作品には何のテーマもない。ただの戯言遣いと事件の一片を描いただけである」と言ってます。逆にこの一言でレビューが少し難しくなってしまいました。テーマやメッセージ性を作者側に否定されては「こんな作品です」って言えないじゃないですか。
そこでこの話はひたすら傍観するのが正しいのかと言うとそうもいきません。自分でも最初は偶然かと思ったんですが、この作品で人が死んでしまうとウチはとても残念な気持ちになります。小説を読み進めるとどうしても登場人物の情景を考えてしまうものなんですが、ちょうどキャラクターに愛着が湧いてきて「この人には生きていてもらいたいなぁ」と思った矢先にそのキャラが死んでしまうんです。それこそ一人一人の人物が印象的かつ魅力的だからなのでしょう。作者の思うツボなのかどうか分かりませんが、だから人が死んでしまうたびに自分のボルテージが下がってきます。「この人には死なないで欲しい……あぁ死んでしまった」「この人こそは……ダメか……」この繰り返し。今回のクビツリハイスクールでは唯一男性キャラの主人公“いーちゃん”とハイスクールの女子生徒の間に淡い恋愛要素があるのですが、それすら作者に文字通りズタズタに引き裂かれてしまいました。作者の中では多分それぞれの人物の位置付けがとえもハッキリしたものなのだと思います。恋愛要素も人が死んでしまうこともすべて計算し尽くされたように自分の気持ちが揺さぶられるのが分かります。大袈裟ですが。
そして本を読み終えても完結しない物語。どこか不完全で半端な結末すらどうやら作者の技らしく、飲み込まれやすいウチは2、3日のペースで続編を買っちゃってます。悔しいなぁ。

さて、ウチに言える限りこのシリーズの特徴は何と言っても“精神論”と言うか“無為哲学”と言うか、「無駄を考える」「己の哲学を諭す」「物事をすべて傍観する」部分でしょうか。分かりやすく言うなら言い訳とか自己批評とか、誰にでもある戯言をさも世界の決定的事象のようにしてしまうのです。例えばブログでウチが本を紹介しても作者や読者に与える影響は限りなく0に近く微々たるものですが、そこにウチのブログが“存在”している以上「存在する」は「存在しない」の対義語なのでそこには必ず何らかの影響を与えられるのです。仮にも今このブログを読んでいるあなたには影響を与えている。分かりますか?
すぐに「それがどうした」と思った人にはこの戯言シリーズは向かないかもしれません。逆に読んでから脳の思考力を一瞬でも今言った意味に当てた人は楽しめるかもしれない。そんな本です。

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そう言えばアソシエイトに登録したみたいです。便乗してCM。
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