世に溢れる様々な作品について、考えたり研究したりして感想等を書く、記者多人数制ブログです。

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レビュー(暫定版):機動戦士Zガンダム~A New Translation~
〆ユチヨ

去年から約1年、3部作に渡って放映された劇場用作品「機動戦士Zガンダム」を見終わりました。
“機動戦士Zガンダム”は今から約25年前にTVアニメとして放送された“機動戦士ガンダム”の続編として制作され、同じ世界での新しい主人公・組織内での対立などそれまでの続編モノとは違う描き方に当時の視聴者に新鮮さを感じさせると共に戸惑いを与えた新機軸的な作品だったようです。
そして現在、エイジングと呼ばれる独自の映像技術で最新の映像と過去のテレビの映像が合わさり、富野監督の新たな新訳の名のもとに現代に舞い戻ったのが今回見た「A New Translation」というもの。


1.映像技術(CGなど)の分析、感想。
まず、この作品は新旧の映像が一緒になっているのですが、やはり20年以上前のセル画と現在のデジタル配色では違いが大きすぎますね。
インタビューで富野監督は「過去の映像とも違和感があまり無いようにあえて下手に作った」と言ってますが十分綺麗です。特に第一弾“星を継ぐ者”のアッシマー戦とギャプラン戦はカメラワークや動きの構成がテレビ版と酷似しているのにも関わらずスピード感を出しながらの迫力ある戦闘が描かれています。アニメーション技術のレベルアップの歴史を肌で感じるコトができますね。
しかしこの頃はまだスタッフがエイジング処理に慣れていないのか過去の映像との差が激しすぎて落ち着いて見てられないのが現状でした。
ですがその後の“恋人たち”以降は新旧映像の問題ない程度に調和してきます。逆に言うなら現在の映像技術にも負けない画面構成、演出力がテレビ版Zにある、とも言えますね。
映像技術が綺麗なだけでも見る価値はあると思います。

2.シナリオ、キャラクターなど作品の核になる部分への感想。研究。
何かキャラ全員の性格がテレビ版より幼くなってる気がしました。多分話が短くなった分それぞれのキャラの心情描写が薄くなっちゃったのが原因かと。
ストーリーも物凄い勢いで進むのでSEEDやSDの影響で劇場に足を運んだタイプの人は困惑したでしょうね。その代わり密度も物凄く濃いので状況さえ把握できれば退屈しないで2時間過ごせます。

3.自分の思い入れの気持ちや批判など。自分とのかかわり。
“星を継ぐ者”と“恋人たち”はDVDで見たので“星の鼓動は愛”は劇場に見に行ったんですが、第一弾・第二弾ともに劇場で見なかったことを後悔。
すごい迫力ですよホント。うるさいくらい。
音楽もテレビ版を抑えつつ激しいギターも取り入れたりしてその意欲は買いますがGacktの曲は賛否両論もめそう。

4.色使い・背景・セット(ヴィジュアル)について思うこと。
CG面と似たような意見ですね。新作カットはとにかく綺麗です。問題があるとすれば光沢など影の描写の差が激しい所。アーガマのブリッジなんて新作カットと旧カットではまったく違う場所に見えます。


総評すると「テレビ版Zを知っている人のための作品」ですね。
“新訳”や“誰も知らないラスト”と謳ってるだけに初代とZをあまり知らない人がコレを見ても楽しめないだろうしラストを見る意味がなくなってしまう気がします。
────────────
本当はもっと色々と書きたいんですが、ボキャブラリーの貧困なオイラにはなかなかいいレビュー文が思いつきませぬ。
そもそもガンダムに興味がない人がZを見るコトは稀でしょうし。そういう人たちを納得させる文章を考えるのは大変な作業です。
そんなワケでしばらくは暫定版でご享受ください。ちょいな。
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レビュー:魔法少女リリカルなのは (A's)
〆ユチヨ

【ストーリー】
喫茶店経営の両親と学生の兄と姉、仲良しの友達とともに平凡に暮らす小学三年生、高町なのは。
ひょんなきっかけで出逢った「異世界の少年」。数奇な運命で手にすることになった「魔法の力」。
その出会いと手に入れてしまった魔法の力のため、なのははこちらの世界に散らばってしまった異世界の遺産「ジュエルシード」を探し出し、回収しないといけなくなってしまった。
「手にした人の夢をかなえてくれるが、その副作用としてさまざまな危険を引き起こすかもしれない」ジュエルシードを回収し、人知れずご近所の平和を守らなければいけない。
異世界の少年との柔らかな友情と絆。
そして、ジュエルシードに関わってしまうさまざまな人たちのさまざまな形のふれあい。
ないしょの魔法少女生活。友達や家族との時間。
そんな日々を続ける内、なのはの前に現れる「なのはと同質の魔法少女を擁する敵対勢力」と「両者の戦いを見守る第三勢力」が現れ、なのはの平穏な暮らしは大ピンチ!
「だからできるだけ、がんばるんだ…。あとで後悔、しないように」
(公式サイトより)

アニメ作品魔法少女リリカルなのはと続編の魔法少女リリカルなのはA'sを見ました。
何か最近、本読むか寝るかばっかりだったので「久々にアニメでも見よう」と思ったのがこの作品です。
きっかけは……特に無いです。ちょっと前までA'sがテレビで放映されてたんでその影響かもしれません。

さて、この作品を見て感じたコトをほっとのテンプレを使って並べてみたいと思います。無印とA'sで分けて説明します。

――――――――――――
まず無印。

1.映像技術(CGなど)の分析、感想。
戦闘シーンも日常生活のシーンも綺麗とは言えませんね、キャラの顔が変形してることが多いです。でも重要なシーンはしっかりと描き込まれてて、表情などで雰囲気を語れるだけの表現力を持ち合わせています。
その代わり、画面構成と演出には結構光るモノを感じました。特にストーリーがテンポアップしていく後半はカメラワークもかなりキレてます。
「作画はあまり綺麗じゃない」と言いましたが決してだれること無く、迫力ある構図や画面演出を作ろうとしている製作者側の頑張りが伝わります。
あと魔法のエフェクトがイイですね。CG使ってるんですが変に派手じゃない所が戦闘の無駄な演出を省いてくれて好感が持てます。
また、「魔法少女」とタイトルをうたってるワリに変身シーンや魔法自体にあまりこだわりが無いのもお気に入りの一つ。(こだわりが無い、ってのは誉め言葉になるんでしょうか?他にイイ言葉が思いつかなかったです)
前半で変身シーンや魔法についての話があるんですが、ウチが思うにソレはあくまで「主人公が魔法を使えるようになった」という流れを強調したいのではないかと思います。この作品を語る上で魔法の存在は重要なポイントなのです。

2.シナリオ、キャラクターなど作品の核になる部分への感想。研究。
まずこの作品には無駄な話がありません。全13話の中にしっかりとキャラクターの成長が描かれています。
1話でなのはが魔導士になるきっかけを描き、2~3話で魔導士になったことでの人間関係の縺れとジュエルシードの危険性についてが語られます。
4~6話でライバルの出現と互いの相容れない想いを、7話以降はストーリーの全貌とキャラ達の想いを一気に描いています。

重要なのが、主人公なのはとジュエルシードを奪い合うライバル的存在フェイトの存在。フェイトは過去に最強と言われた魔導士プレシアが事故で失った娘アリシアの代わりに作り出したクローンで、娘を黄泉の世界から取り戻さんと模索するプレシアに道具として扱われながらも彼女を母と信じジュエルシードを集めていきます。
なのはは「誰かを守りたい気持ち」でジュエルシードを集めるのに対しフェイトは「母親に認めて欲しい気持ち」でなのはと対峙します。子供向け作品に思われがちな魔法少女モノにおいて勧善懲悪では無く、互いに譲れない想いを描いた作品は少ないんじゃないでしょうか。
「友達になりたい」と言うなのはの言葉に少しずつ心揺れるフェイト、この作品の肝とも言えるシーンをゆっくりと丁寧に描いている点は素直に評価できると思います。最終話では戦闘シーンを完全に省き、丸々一話使ってなのはとフェイト、フェイトとプレシアの問題に決着をつけるんですが、物凄い王道な流れで心癒されること必至です。見終わるとOP曲やタイトルとの繋がり、伏線にも新たな感動が一つ生まれます。

3.自分の思い入れの気持ちや批判など。自分とのかかわり。
ま物語と違う視点で特筆するのは「魔法=科学」と言う世界設定。
魔法のステッキは「魔法のプログラムを入れておくハードディスク」であり、事前に作成した魔法のプログラムを打ち込むことで、自由に魔法を使用することが出来るようになる。作中ではデバイスと呼ばれます。
魔法もデバイスにインストールした“プログラム”。
魔法の呪文は魔法を発動するためのパスワード。
魔法の服は「本人の思い描いた形になる」らしく、なのはの通う学校の制服にそっくり。
と、子供の夢とは逆のベクトルに向かってます。そもそも深夜放送ってのもありますが、「子供の見ない深夜帯にそんなファンシーな作品作ってたまるか」と言う見る世代に対する製作サイドの風刺にもとれます。
魔法のステッキは壊れれば修理に出してパーツ交換。作中でもなのは達は魔導士と呼ばれてますし、果てには時空管理局なんてものまで出てきます。
魔法は特別な存在などではなく、多数ある異世界で作られた科学技術の一つにすぎない。このいやらしさが個人的に好きですね。
何よりもウチが心ときめいたのは「新しいパーツを組み込んでパワーアップ」と言う点。素敵すぎます。
この手の作品では“信じる気持ち”とか“希望の力”みたいな意味不明なもので強くなるのがお決まりなのに、デバイスのパーツを換装すればパワーアップなんて発想がイイ。
それと魔導士が使うデバイスにも様々な種類があるらしいんですが、なのは達のデバイスは喋るんです。しかも事務っぽい英語で。
魔法を発動する時や敵対攻撃を感知した時などに単語をポンポンと喋るんですが、無駄にカッコイイです。スタッフロール見たら声優まで外人さん使ってました。変なこだわり、イイねぇイイねぇ。
唯一の不満は年齢。なのは達は小学3年生という話なんですが、もうちょっと高めにしても良かったんじゃないでしょうか。10歳足らずの女子に人生悟ったみたく「信じるコト」や「人を守るコト」を語られると萎えます。もっとその年齢に見合った不条理な不満やダダを見せてほしかった。
他の不満は微々たるものですが、大した問題にはなりません。
(書いといて何ですがこの不満は後で解消されました。なのは自体はもともとPCゲームの中のパロディのひとつだったらしいです。そこで作られた設定を広げてアニメにしたワケですな。)

4.色使い・背景・セット(ヴィジュアル)について思うこと。
これに関しては特には──良くも悪くもない、かな?
すごいワケじゃないけど違和感もないです。

――――――――――――
続いてA's

1.映像技術(CGなど)の分析、感想。
作画レベルは各段にアップしてます。特に1・2話の戦闘シーンはコマ割り、カメラワーク、画面構成がものすごい高レベルです。
作画が安定したことにより、キャラの表情や仕草から読み取れる情報量が増えてますね。演出面でも一役買ってます。

2.シナリオ、キャラクターなど作品の核になる部分への感想。研究。
前作から3ヵ月後の話です。1話でなのはから「ちょっとした事件以来魔法少女やってます」という説明が3秒ほどありますが、3秒の説明ですべてを理解できる人はいないでしょう。前作を見てない人には厳しいかもしれませんね。
準ヒロインとして新たに八神はやてが加わります。足に障害を持った少女で、彼女の9歳の誕生日に“世界を破壊できるほどの力が手に入る禁断の書”闇の書が再生を始めたシーンから物語が始まります。
新作のお約束然りで新しい敵キャラとして「ヴォルケンリッターの騎士」という人物が数名出てくるんですが、A'sでは全13話の4割か5割が彼等の視点で進みます。
そして今回のポイントは予め彼等の目的や行動がハッキリとしている点。ヴォルケンリッターの騎士たちは闇の書を手に入れたはやてに仕える守護者として現れるんですが、彼等の存在が彼女の体(魔力)に大きな負荷を与え、それによってはやてが障害にかかっていることに気付いた彼等は闇の書の完成によってはやての治療を試みようと模索します。
闇の書を完成させるために魔導師を襲い続ける彼等の行動を知らないはやて、魔導師を襲うヴォルケンリッターの騎士を止めようと奮闘するなのは達。
最初からキャラの関係を視聴者に掲示することで絡み合うストーリーを上手く表現していると思いますね。
特に5話以降はなのは達とはやてが接触するなど、ストーリーが一気に加速を始めます。
A'sは話の構成が1話から最終話までで1本になっていて、常に「これからイイ所」で一話が終わるようになってます。相変わらず無駄が無い展開です。
前作と同じく、互いに譲れない想いが強調して表現されながらも前回の敵だったフェイトのその後を完結させている点にも注目です。

3.自分の思い入れの気持ちや批判など。自分とのかかわり。
自分はまずOPに惚れてしまいました。
フェイト役の声優水樹奈々が歌う「ETERNAL BLAZE」という曲なんですが、オリコン初登場2位らしいです。
正直これまで声優が歌うアニソンはネタ半分な気分で聴いてましたがこの曲で少し考えを改めさせられました。すごいじゃん水樹奈々。歌詞も水樹奈々本人が「なのは」に合わせて書いたらしく、A'sを見終わった後に聴くと色々と思う節がありますね。
A'sのストーリーは無印なのはが好調だったためにファンの要望に答えて制作されたらしいのですが、シナリオ項でも書いた通り、フェイトのその後の問題や前作の人物の人間関係の補完など、後付とは思えない調整になってます。原案/脚本の都築真紀のなのはに対する思い入れが感じられます。

4.色使い・背景・セット(ヴィジュアル)について思うこと。
作画同様にレベルアップしてますが、大きな変化は無いですね。可も無く不可も無く。

――――――――――――

ドラマ「電車男」以来“萌”という単語が流行ったみたいなんですが、kのアニメも「魔法少女」と言う冠とキャラデザインのせいか萌アニメに属して扱われているみたいですね。
自分も無印が始まる時に公式サイトを見て「コレはつまらなそうだ」と思い切り捨てた口ですがDVDで見てビックリ、スポ根漫画に負けるとも劣らない出来の熱さを秘めています。
でも「これは非常にもったいない」とも思いましたね。
何故あえて萌え路線を求めたんでしょうか。そもそも過剰に狙って作られたモノには心動かないということに近年のアニメ製作サイドはいつ気付くんでしょう?
これは作品に品質を激しく下げてしまうマイナス要素にしかならなかった気がします。他の作品ならいざ知らず、ここまで王道なストーリーに水をさしてしまったことには怒りすら覚えます。
最近流行してるつまらない萌アニメの波に隠れた燃える熱血作品。こういった作品をたくさん生み出してくれるようになると深夜帯アニメも活気が出ると思うんですが。
今がその変化の転機になり始めてるのか、と考えればまだ期待はしてイイのかもしれません。
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レポ:仮面ライダー響鬼
〆サップ

第34代仮面ライダーである「仮面ライダー響鬼」が来週をもって終了を迎えます。
この数年毎年この時期になると「1年間見続けたライダーとの別れ」、
「歴史に新しい1ページを刻むライダーとの出会い」の間で微妙にブルーになります……。

さて「響鬼」を最初に見たときの印象から行きますと、
「何だこれは…、これはライダーなのか??」というのが正直な感想でした。
しかし、雑誌などでの製作サイドの「原点回帰」という言葉をみて
「なるほど、そういうことか。」というのがうなずけました。
考えてみればかつて私が生まれる前に放送されていた「仮面ライダーアマゾン」も「原点回帰」の意味が込められていたのを思い出しました。
「人が驚く姿の等身大ヒーロー」というのがライダーの原点だったかと思います。
そういった意味で「響鬼」という作品は「原点回帰」という目標にたどり着けたと感じてます。
何より今回が初ではないかと思った試みが主人公がライダーではなく、一人の少年であった、ということです。
人によって見方は異なりますが私はそう解釈してます。
もちろんヒビキさんが主人公じゃないか!という意見にも賛同できます。
ただ近年のとは違うライダーだったことは事実だったのです。
「鍛える」という概念が昭和ライダーにあった
「勝てない敵に出会ったときの特訓」に通じるかと思います。
そういった部分からも原点にもどるという想いが伝わってきます。
とかく、昭和ライダーが大好きな自分にとってはうれしいものでしたw

キャストに関しては俳優として知られた細川茂樹氏を起用するなど
従来の「イケメン新人」路線からの脱却も図れていたのではないかなと。
さらにはライダーたちを支援する組織が「猛」というのもうれしいw
そんなうれしいことが多かった作品だっただけに
脚本交代後の路線変更は本当に痛い……、
少年の成長もないがしろにされた、
そして最終回を迎えるのに未完なことがおおいこと……。
そういったことを含めても私は響鬼という作品がいいと思えますな、
小説でこの作品の続きを見てみたいものです。

音センス
〆ユチヨ

ちょっと前に、短編映像メーカーFluxで歌手の宇多田ヒカルと映像作家森本晃司がコラボレーションした短編映像作品fluximationが全14話で完結しました。
これは宇多田ヒカルの歌にのせたイメージビデオみたいなモノなんですが、1話が30秒弱しかないので全話見ても8分くらいで終わっちゃいます。
つまりは「独創性溢れる宇多田ヒカルの音楽に見合う映像作品を作ろう」「14話の連作にして宇多田ヒカルの1曲1曲により深みを与えよう」ってモノらしい。
ネット環境、あるいはDoCoMoauの携帯があれば2006年1月31日まで無料で見れます。
ウチ個人が「宇多田ヒカルの曲をイメージ化した映像作品」ってことで前々から気にしていて、昨日ついに重い腰を上げるに至りました。
そいでまず第1話「Opening」を観賞。
ふむふむ……なるほど……実に独創的だ。
重々しい中に始まりを感じさせるシンセサイザーの重低音、少女?が変幻自在な動きで空を舞っている。そして…………第1話終了。
あれれ?終わり?……ま、まぁまだ1話だしね。
第2話「Devil Inside」。
……あれれ?女子マラソン?さっきの少女は?もはや1話との関連性は皆無。でも曲のイメージとは合ってるね。
第3話「Exodus‘04」。
雰囲気が1話に近付いた。1話と違う少女が変なロボットと戦ってる。飛び交うレーザーを瞬時で避ける少女。この敏捷性、ニュータイプか?
第4話「THE WORKOUT」。
何か機械都市?
第5話。第6話。第……と最後まで見たんですが、どうも感想を書くのは無理そう。ウチの感受性が追いつけないのか、作品自体にそれほどリードするものがないのか。どちらにせよ期待していたモノとはかけはなれた作品でした。だからと言ってソレがレベルが低いというワケではなく、むしろ個々のクオリティは限りなく高い位置にあると思います。感動できたかどうかは別として“宇多田ヒカルの音楽”には非常にマッチしていたし1話30秒なのが惜しいくらい。オススメは第1話「Opening」と第3話「Exodus‘04」。
そもそも宇多田ヒカルの音楽センスがとても高い、とウチ個人は思っているのでそれに同調できる映像クリップを作り出すこと自体とてもハードルが高いであろうと感じるとともに、彼女の旦那さんでもありプロモの制作監督でもある紀里谷和明氏の発想力にも少し感動です。
みなさん宇多田ヒカルの曲のプロモを見たことがありますか?
とても幻想的で、でも宇多田ヒカルの曲よりでしゃばることはしない映像の中の優等生。アルテマウェポン。NEP。パーフェクトジオング。
宇多田ヒカルの曲をあそこまで引き立たせることができるのはこの人くらいじゃないかしら。
やはりレベルが高いものには高いものが惹かれていくみたいです。
あまり彼女の曲は知らないけど、その音楽センスは確かなものだと最近発売したPassionを聴いて思いました。
耳を刺すシンセサイザーとギターの音、やわらかなコーラス。懐かしくも切ない歌詞。音楽には作り手の創造力がフルに表れますな。
と、話が少しずれましたが……このブログを書いてる間にもfluximationを何話か見直しました。30秒の中に確かに個性的なイメージが詰まっていてとても興味深い世界観を創りだしています。
どれもアニメーションならではの色彩に溢れていて躍動的。アニメ映像の在り方を再認識できました。「音楽を表現できる映像」として意識するとそのセンスをきっと肌で感じることが出来るでしょう。
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